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2007年8月

2007年8月27日 (月)

英彦山は本日晴天なり、自然の絵画を愉しむ。

20070827本日1時36分、東の窓からいつもの眺望を望む、英彦山は白雲を従え碧空のキャンバスに腰を据える。一刻の出合い、自然の絵画を愉しむ。


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2007年8月26日 (日)

折尾のかしわめしに、C6218のつばめを見た。

久しぶりに、大好物の折尾のかしわめしを頂いた。いつものとおりの食仕方(茜堂HP駅弁物語、参照)で美味しく頂戴しましたが、普段は別段気にも止めなかった物に目が釘付けになりました。
箸休めの傍役、緑のバレンです。何となく可愛くデフォルメされたつばめマークに似ています。C6218号機が名古屋機関区時代の短期間にのみデフに装着されていた下がりつばめに、どことなくイメージがダブってしまいました。
大層なタイトルと本文内容とに大変なギャップが生じましたがお許し下さい。(笑

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2007年8月25日 (土)

旧上山田線に人知れず残る踏切の線路。

上山田線が廃線(昭和63年8月31日最終)になって19年が過ぎようとしていますが、今でも一部区間で当時の線路が残されています。有名なのは旧熊ケ畑駅付近の旧上山田駅寄りの築堤付近で、嘉麻市商工観光課の秋のイベントの目玉でも有るトロッコ列車(前日記載のトロッコフェスタ)に活用されています。
それとは別に、飯塚寄りの山間部にも一部取り残された所が有ります。旧大隈駅〜旧下山田駅の山間部(旧嘉穂信号所)に有る小さな山道に掛かる踏切跡に、その線路と敷石が何とも言えぬ哀愁を漂わし、ひっそりと横たわっています。

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近付いて見ると敷石も健在です。


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2007年8月24日 (金)

嘉麻市のトロッコフェスタ

嘉麻市は2006年3月27日に、上山田線の有った山田市と嘉穂郡の稲築町、碓井町、嘉穂町が合併してできた市で、今年の3月2日にあの井出らっきょさんが選手会長を務める、嘉麻市バーニングヒーローズが結成され、少しメディアを騒がせましたが、やはり鉄チャンとしては、旧山田市のトロッコフェスタです。私は第一回から遊びに行っていましたが、もう5年程忙しくてご無沙汰です。
編成は、下り方向に黄色の動力車1両+客車3両+軌道自転車(昔、保線区の方が二人で漕いでいたあの自転車です)1両の豪華前後連。何と一編成で20名程が乗車でき、秋の風を肌で楽しめる楽しい列車です。
非常に完成度の高い(鉄チャン向けと言う事を前提として)鍋トロ風の客車は、嘉穂工業高校の生徒達の作品。今年も例年どおり10月に運転するそうですので、近付きましたら嘉麻市のHPのイベント情報をクリックして下さい。

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小雨に煙るトロッコ列車。


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2007年8月23日 (木)

頑張れ、平成筑豊鉄道。

ご存じ筑豊の第三セクター平成筑豊鉄道(旧JR伊田線、糸田線、田川線)は、先の「枕木オーナー」制度に引き続き、今回「つり革オーナー」制度を年内実施をメドに検討中。また訴求活動としては周辺住民への鉄道利用のビラを配付したりして、生き残りを掛け全社体制で頑張っています。
平成16年3月25日を最後に三井鉱山セメント田川工場専用鉄道(金見鉄道)の廃止に伴い、金田駅よりの貨物部門の消失金額は年間5400万円の減収となり、今期決算ではその内部保留も底を付きそうな危うい状況です。更にマイカー利用や少子化などで更なる減少を余儀無くされています。
地元の足を守る為、最低限マイカーからマイトレインに切り替えて頂ければ、ある程度この窮地を脱する事が出来るのでは無いかと思うのだが、過去におけるローカル線の廃止問題が抱えるジレンマが、やはりここにも存在する様です。ともあれ数々の面白い企画を打ち出していますので、微力乍らの利用運賃と盛大なエールをおくりたいと思います。

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2007年8月22日 (水)

湯布院滞在中の変型ドームD511032号機。

大分県湯布院町の川南中央児童公園に保存されてるD511032号機は、昭和19年9月29日に落成の三菱重工製の機関車で、門司、南延岡と渡り日豊本線の電化時まで活躍したSLです。
この機の特徴は戦時設計で、特に蒲鉾ドームの前方部のみ空気抵抗緩和なのか角面取りの変型ドーム。
現役時代には数度お会いした事が有りましたが、久しぶりにお会いしたら、野ざらしで余りにも酷いお姿。機関助手になった気持ちでキャブからシュート。しかし窓には転落防止の鉄格子がまた無惨。

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因みに私が良く訪れる沖縄では、宜野湾の0系に次いで、今帰仁のC5787も後ろに有ったナシ20 6(図書室改良)解体の数年後に塩害で解体撤去。与儀公園のD51222はいたって良好なのは少なくても保存場所が内陸部で有ったからでしょう。今思うと何故、海岸近くにそれぞれ保存したのかが悔やまれます。
近い内に、今は無き無念の沖縄保存機、新幹線0系、C5787、ナシ20 6をご紹介します。


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2007年8月20日 (月)

英彦山花公園電車(スローブカー)が二両編成に。

今年の4月28日から従来の一両編成から国内最大級の新型連結車両(二両編成)が導入されました。二両編成のスローブカーは定員が80名で、ゆったりとした車内から四季折々の自然が満喫でき、大きな車窓を透して眼下に広がるパノラマも堪能出来ます。英彦山神宮参拝に、また一つ楽しみが増えました。
車両は花号、幸号、神号(二両編成)の三台で運行されていて、表山道の石段沿いに幸駅、花駅(乗換駅)、花園駅(下車専用駅)、神駅(英彦山神宮奉幣殿最寄駅)の四駅からなり、全長849mを約15分で結んでいます。
一車両は、三相三線式の交流200Vのインバーターモーター15KWを4台装備し、ラックアンドピニオン式で自走、構造種別は鉄道では無くエレベーター扱いとなります。
車両製造は地元の嘉穂製作所(茜堂のHPの廃線散策の画像9の大分炭山跡に有ります)。

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平成19年6月1日撮影。


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2007年8月19日 (日)

遠くに霞む霊峰英彦山。

070819_2最近、綺麗になった日田彦山線の彦山駅横の汐井川沿いに上って行くと英彦山に辿り付きます。ここは福岡県と大分県の県境で福岡県に有りますが、地図で見ると、この部分のみ境界線が途切れています。
我家の窓から撮影した画像では、朝日岳、戸谷ケ岳、小石原の後方に頭を出しているのが鷹ノ巣山(979.3m)、英彦山(1199.6m)、障子ケ岳(948m)、岳滅鬼山(1036.8m)等々です。明日は、英彦山を上るモノレール(スローブカー)を紹介します。

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2007年8月16日 (木)

続、農家のオバサンがショットガンを。

前回の続きです。訪ねて来たご夫婦曰く、こんな山奥に日本人が来る事は稀だそうで、ご夫婦のお近くに、日本に住んでた事が有ると言う女性がいますよ、と言うお話になり彼女へ知らせて上げましょうと上機嫌で帰って行きました。
暫くするとフロントの方が、合いたがっている人がいるので行きますか、お連れしますよ、とのお誘い。先程のご夫婦の紹介との事でしたので、二つ返事で伺いました。
可愛いお家の前で迎えてくれたのは、上品な雰囲気のかなりお歳を召された女性の方。厚木で米軍の夫と暮らしていたそうで、昔の夫の軍服姿の写真を見せながら、懐かしそうに日本にいた時の事を片言の日本語をおりまぜながら話してくれました。

あれから30余年、今では天国の夫と仲良く過ごされてるんでしょうね。

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2007年8月15日 (水)

山奥で農家のオバサンがショットガンを。

遠い昔のお話ですが、アメリカの南西部ブラットフォード手前の山奥で、線路がカーブして上って来るのが見える丘陵地に陣取って目的の列車を待っていると、何やら柵向こうの畦路に、灰色の古〜いフォードの小型トラックがソロリと停車。

「ヘ〜イ」の声の方向に振り向くと、なんと、割腹の良い野良着姿のオバサンが仁王立ち。有ろう事かショットガンを小脇に抱えているではないですか、さすが銃社会のアメリカ、こんなオバサンまでが。アメリカ映画みたい等と少し感激したのですが、先方さんはいたくご立腹の様子で、銃口はこちらには向いていなかったのですが、取りあえずカメラを下に置き、ホールドアップです。
純朴な私に安心したのか、先方の表情が少しにこやかに見えたようなので、ここぞとばかりにジェスチャーと片言の英語でコミュニケーション。

どうやら立てた三脚を見て土地の測量と間違えたようで(少し離れた山中でショベルカーが山を削っていたので、何か関係が有ったのかも知れません。)、日本の鉄道写真を数枚見せ列車の写真をここで撮っている事を告げると、とたんに感激モードに早変わり。わざわざ日本から写真を撮りに来てるなんて…………、と思ったかどうかは分かりませんが。

でも私の居る所は柵の中なのか柵の外なのか、線路から上がって来た時は柵を通過した覚えは無いのですが、でもオバサンはマレー機が通過するまで横で監視していましたので、きっと私は不法侵入者だったのでしょう、すみません。
ショットガンのオバサンはこの後、山中のロッジ風のホテルにわざわざ夫婦で訪ねて来てくれました。カリフォルニアワインを手にして。今でもその時のコルクは大切に持っています。

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2007年8月14日 (火)

朝日が綺麗な田舎の朝。

20080814正面遠くに見える鳴尾峠の右奥には香春岳が、まだ薄ぼけてハッキリと目覚めていない。鳴尾峠を迂回するように向こう側を平成筑豊電鉄伊田線、糸田線(旧JR伊田線、糸田線)が、南側をJR後藤寺線とJR日田彦山線、手前にはJR筑豊本線が走っています。
現在、鳴尾峠の道路トンネルが貫通したので、内部整備が整うと田川〜博多間のバイパス道路も全線開通し市内の渋滞が随分緩和される事となります。
画面には写っていませんが、右側には1000メートル級の山々が連なり、霊峰英彦山が見えます。(後日写真掲載予定)

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2007年8月13日 (月)

放生会に向けて、太鼓や笛の特訓中。

今日から毎夜遅く迄、筑前大分(だいぶ)八幡宮の放生会の為の鳴りものの特訓が始りました。
練習初めには新人君が参入する為か、中々心地よく響いてくれませんが、毎年、本番近くになると、哀愁を帯びた心地よい調べを奏でてくれます。田舎の夜の静寂の中から聞こえて来る本番前の笛太鼓は、良いもんですよ。
日本三大八幡宮の一つでも有る福岡市東区の箱崎宮は、ここ大分八幡宮より延長元年(923年)に醍醐天皇の勅により遷座されたものと伝えられています。
因に日本三大八幡宮とは箱崎宮の他に、宇佐八幡、石清水八幡宮を言うそうです。

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2007年8月12日 (日)

酔拳のお師匠様が、庭の草むしり。

夕方近く、地球の地肌のむき出し比率が非常に高い当田舎では、風も涼しさを帯び少し心地よくなって来たので、諦めて庭の草むしりに取りかかる。日が暮れる迄の一時間と30分、蚊が集まって来たので、また来週に続く。
手と顔を洗うべく洗面所に、さてカガミに映るこの顔は、ウ〜ん、映画「酔拳」に出て来るジャッキーチェンのお師匠様。
鼻の頭と両頬が赤くなっている、恐るべし田舎の紫外線。

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2007年8月11日 (土)

三郡山系にダイヤモンドクロスが。

大きな峠を二つも抱える三郡山系の上空に表れた不思議な雲の姿。鉄道用語ではこの様な状態の線路をダイヤモンドクロス(線路の平面クロス)と言います。昔、阪急の西ノ宮北口駅に大規模なダイヤモンドクロスが有りました。
西ノ宮北口駅のそれは交差角度が直角でしたが、上空に表れたダイヤモンドクロスはやや斜(真下から見ると直角かも)になっています。数的には西ノ宮北口駅にも匹敵する大規模な物です。
因に真ん中の小山は三郡山系の遥か手前に有り、筑前大分八幡宮の嶽宮と大神宮が祀られ、この左下に境内が広がり美しい社殿が建立されています。

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撮影時間=午後6時10分


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2007年8月10日 (金)

沖縄の鉄軌道、メーターゲージ。

070811沖縄には、かつて鉄軌道が存在し蒸気機関車や電車などが走っていましたが、全てナロー線でした。そんな沖縄に、なんとJR在来線と同じ軌間(1067mm)の線路がつい最近まで有った事は余り知られていません。
実はこれは西原町の工場で造られたPCレールの仕上げをする沖縄モノレールPC軌道桁製作場専用線で、4線も有り警戒色の可愛いDLが稼動していました。

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解体前の専用軌道、平成14年5月18日撮影。
場所は那覇空港の南側で豊見城警察署を越えて右に曲った近くに有るシーサイドゴルフ場の横に有りました。

当時は毎月4回程、福岡〜那覇間の機内の眠り人(離陸前に爆睡し着陸の振動が目覚まし換わり)でした。ある日、那覇着陸前に珍しく眼が覚め何気なく覗いた眼下に一瞬線路が、そんな馬鹿な寝ぼけてるのかと思い、その日の内に探索に出かけ見事発見。それから半年後の写真です。


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2007年8月 9日 (木)

九州の赤線入り入場券の赤線はなぜ薄いのか。

九州地方の赤線入場券は、私やお仲間さんの収集した品を見る限り、他の地域の赤線入場券と比べて、平均的に赤線の色が非常に薄いのが気に掛かります。別に門司印刷場がインキの濃度をケチっていたという事では有りません。現在九州に住んでいる私が想像するに、当時駅舎には冷房が完備されていなかったので、高温多湿による印刷面の褪色が進んだ事が一因だと思います。
また日照時間の関係で太陽が燦々と降り注ぐ南の地の宿命で紫外線が非常に多いという事が、切符にとって致命的な結果をもたらしているようです。
中にはしっかりと褪色せずに頑張っている赤線も有るのですが、希(まれ)の一言に尽きます。私的には九州の赤線入場券については、歴史感よりも美券の方を希少券として集めたいくらいです。(笑)

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2007年8月 8日 (水)

前日の落雷時には強風雨の為、JR筑豊本線もストップ。

昨日の落雷の回数は、将来これを上回る事は無いぞという位の凄まじさでしたが、飯塚駅と新飯塚駅の間の遠賀川に掛かる鉄橋付近では同日、午後4時から5時の間に局地的な激しい風雨に見舞われ、午後4時15分頃から約30分の間、同区間では運転を見合わせた様です。
これに伴い折尾行き普通列車(2644Hレ)等2本が運休し、後続の普通列車3本にも最大27分の遅延が出た様です。ちょうど写真を撮った頃ですが、こちらでは雨はお湿り程度で無風状態。この地の天候はいつも局地的で200メートル先は大雨でも、こちらは道路も濡れていないなんてのは良く有る話しです。

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2007年8月 7日 (火)

落雷シーンを激写。

この小山の手前を篠栗線が走り、右側を少し行った辺りが筑豊本線とのジャンクション桂川駅です。この小山は久保白ダムを構成し周囲は平地で、車だと大回りしても10分程で周回できる小さな山郡です。
市内から戻って来る途中で突然、空が暗くなり大粒の雨がポツリポツリと、周りを囲む三つの峠(八木山峠、ショウケ越、米山峠)は晴れ渡って緑鮮やに輝いているのに、異様なシーン。
家に着くなり轟く様な雷鳴、すぐさま上の部屋へ駆け上がりカメラを起動。鉄道写真で慣らしたシャッターチャンスの勘所で見事にヒット。

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撮影時間=午後4時16分


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2007年8月 6日 (月)

第86回飯塚市納涼花火大会でJR大忙し。

台風5号の接近に伴い2日の花火大会が順延され無事にと言うか、始まる前には一時的に凄まじい雷雨に襲われましたが、それにもめげず「第86回飯塚市納涼花火大会」は盛大に(30分程端折られたそうですが)行われました。毎日、息子様の塾への送り迎えなのですが本日は塾も5時迄(花火の音が響くのでお勉強どころでは無いのでしょうが、実は先生方も花火が大好きな様です。)で、車のキーを置いた後、パパは趣味のお部屋で花火を聞き乍ら、取って置きの泡盛で晩酌を楽しみました。
打上花火が6000発(7000発との情報も有るが)、仕掛花火が9台で毎年10万人程が訪れる筑豊の大イベントです。勿論、市内は交通規制が引かれ車で中央には入れませんので当然JRと西鉄バスが大活躍です。新飯塚駅と飯塚駅では臨戦体制を取り臨時列車が増発された様です。

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2007年8月 5日 (日)

鉄道模型のHOゲージ論的文字コード。

昨日、私のWEBのお師匠様から本家茜堂のHPのSEO対策で詰めが甘いしソースの体裁が悪いとの厳しいご指摘を受け、生意気にも「茜堂」ではググッても一番を張っているのにとは思ったのですが、他のキーワードが甘いのと、ソースの体裁が悪いので重い腰を上げロボット対策にメタタグを掘込んでみました。
リンクバーにaltの属性を付ける事(ついでにサイト地図にお遊びでアラートを設置)とkeywordsとdescriptionの三本立、プラスおまじないに"robots" content="index,follow"(最近のロボット君はスルー)等々。
そして作業中に気が付いたのが直下にあった文字コードのx-sjisの表記。私の覚え帳には汚い文字でshift_jisて書いてますが、調べて見ると別段どちらでも良いようで、グローバルスタンダードはshift_jisの方で、x-sjisはデファクトスタンダードの様でした。(我が模型と同じで仲良く混在)
鉄道模型のHOゲージ論に良く似た規格のお話で、どこの世界にも有るもんだなと妙に感心する次第です。

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2007年8月 4日 (土)

日付けを跨ぐ深夜列車。

書込み時はいつも深夜0時を越えた辺り。まだ寝ていないので前日が当日に覚えてならない、私的にはまだ前日なんですが日付け的にもう次の日である。
日付けを跨ぐ深夜列車の場合の有効日の扱いは、有効日当日の0時を過ぎて最初に止まる駅迄となっています。列車の場合は特例で日付けを越えても前日扱いなのですが、ここでは書込んだ日付記録(翌日)が残るので、お話にタイムラグが生じる。
時間記録も残れば、ある程度分ってもらえるとは思うのだが、困ったもんだとどうでも良い事を考えるが、当日物は深夜0時迄にアップすれば良い事に気が付くのにそれ程時間は掛からなかった。(ブログ初心者の呟き)

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2007年8月 3日 (金)

台風5号の影響でJR篠栗線は運休。

台風5号の接近に伴い、筑前山手駅前後の山間部にある吹きっ晒しの鉄橋や高架橋通過が危険な為、昨日の午後6時頃から沿線の篠栗線は終日全面運休となりました。博多発最終の救済列車は午後9時6分発で最寄の筑前大分駅には9時38分着。
我家の娘は雨風が強くなる前に博多より無事帰還。我家の犬二匹の散歩係りで有る私(パパ)は夕刻に台風の中、いつものとおり40分程掛けて散歩(苦行)。犬小屋は物置きに避難し、お犬様(陽=よう/雄・空=そら/雄)は玄関で寝ています。お猫様(星=せい/雄)は夜遊びに行きたがっていましたが、ドアを開けた途端にお尻からエビの様に戻って来ます。何回かトライした様ですが諦めたのか大人しく阿波踊りを踊っています。

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2007年8月 2日 (木)

博多駅の篠栗線が大移動。

新幹線ホーム増設工事の為、6月10日に篠栗線専用9番ホームが閉鎖され、篠栗線は8番ホームへと移動しました。8番ホームの線路は駅の中央付近で寸断され鹿児島本線として9番ホーム共々、南へ伸びていた線路と架線は跡形も無く消えています。見なれた所に線路が無いというのは、廃線の様な寂しさに近いものが有ります。
掲載の写真(平成19年7月5日撮影、現9番線で旧10番線の8番ホーム)は、当初設置された第3種車止めの上にコンクリート製の第4種車止めを増設しています。このカットには写っていませんが、架線にはデッドポイントを表わす無気味な稲妻マークが表示されています。

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2007年8月 1日 (水)

臨時列車みたいな不定期運行の怠慢ブログ。

訪れた方をがっかりさせない為にも、前もってお知らせをさせて頂きます。私のブログは殆ど臨時列車のような物で、運行は不定期で怠慢的で良く言えばいい加減です。また、大それた願望ですが月に1〜2本の運行を目指していますが、まあ〜季節列車よりは少しはましかなと言う程度で、内容的にも人の為になる様な物は殆ど無いのではと、絶大なる自信を持っています。

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