鉄道

2008年1月30日 (水)

雪の筑前大分駅と祝合格。

年明けは娘と息子のW受験対策で大忙しのパパさんでした。娘の学習塾は博多駅周辺なもので高校の定期券を使ってJRで通ってますが、息子は九工大飯塚キャンパス近くの塾なもので車で片道20分程掛けてのお勉強行路です。
冬休みは早朝から深夜まで二回の授業が有り、二往復で合計80分程のドライブとなります。パパはしっかり運転で息子は勿論バックシートで寝ています。
そんな苦行の甲斐も有り、目的の高校に合格(西南学院高校)。試しに受けたもう一つ(久留米大附設高校)はさすがラサールとの双璧校、競争率12.68倍で手強かった様です。
忙しさにかまけブログもさぼっていましたので、遅くなりましたがアケオメで雪の写真を掲載致します。年頭には大きな雪だるまをペアで作りましたが、小春日和が続いたので四日のお昼過ぎには大地へと帰ってしまいました。
尚、息子は塾が楽しい様で二月末迄通うそうです。早く晩酌を楽しみたいパパでした。

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2007年12月10日 (月)

高千穂線の再開は難しそう、に光明が。

最大株主である高千穂町観光協会が臨時理事会を開き、同社に対し会社清算を求める方向で決議されたのを受け、神話高千穂トロッコ鉄道は、本日10日に臨時取締役会を開き、会社精算をせず高千穂町観光協会を株主から外す事を決定。
臨時株主総会でも承認される公算が高く、今後の展開に少し光明が見えたようです。
休止期限の今月27日には廃止届けを国に提出するが、廃線確定迄は後一年の猶予が有り、何とか窮地は脱した感があるが、厳しい状況で有る事には変わりは有りません。
鉄チャン以外でも金に余裕が有る御仁は如何ですか、大株主になられては。鉄道会社の代表取締役社長、いい響きですよ。

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2007年12月 8日 (土)

高千穂線の再開は難しそう。

再開運行を目指して頑張っていた、神話高千穂トロッコ鉄道は、先月29日に最大株主である高千穂町観光協会が臨時理事会を開き、同社に対し会社清算を求める方向で決議されました。
12月下旬に国が下す事業認可の期限までに資金調達が難しい為で、これを受け同社は臨時株主総会を開き、対応を協議するが総体的に議決される公算が高く、高千穂線の運行再開は事実上絶望的な状況となってしまいました。
開業資金2億円に対し、集まった資金は3800万円との事で事業許可取得条件には程遠い数字である事に、現状の厳しさが有る様です。
誰か、二週間以内にポンと2億円を寄付出来る鉄チャンは居ないでしょうか。

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2007年10月29日 (月)

沖縄本島軽便鉄道の線路跡-その2。

戦前まで走っていた、沖縄県営鉄道の与那原線の線路跡を紹介します。壷川東住宅建設工事の際に出土した物で、壷川東公園内に保存されています。
実は画面左側に短い線路が設置されていますが(分かり辛いかも)、こちらが旧壷川駅の出土品で、メインの線路は大東精糖の物です。
写っている機関車も沖縄県営鉄道とは全く関係のない、南大東島の大東精糖のDL5号(KATO.10トン)で、その後ろには同じ精糖のSL(ドイツ.ヘンシェル製Bタンク)がいます。こちらは足回りだけの保存で上体が無いので、知らない人が見たら車輪の付いた只の板で、到底SLとは分からないでしょう。

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撮影=1998年5月23日。


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2007年10月23日 (火)

沖縄本島軽便鉄道の線路跡-その1。

戦前まで走っていた、沖縄県営鉄道の嘉手納線(那覇〜古波蔵〜嘉手納)の線路跡を紹介します。場所はちょうど浦添郵便局の前になり、当時の路線で言えば現在のパイプライン通りを北上し城間大通りへと抜けて行く辺りになります。
先の大戦で廃線になってしまいましたが、現在残っていたら可愛いSLがシッタンガラガラシッタンガラガラと音を立て、観光産業にも貢献でき観光客や鉄チャンにとっても楽しい乗物となっていたでしょうに、とても残念です。
また、壷川にはかなり大掛かりな線路跡が保存されています。後日、ご紹介させて頂きます。

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撮影=2002年1月10日。


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2007年10月19日 (金)

ゆふいんの森1世(キハ71)、筑豊に登場。

由布院を通る久大線(運行は博多〜別府)でお馴染みの、ゆふいんの森1世(キハ71)が9月13日と10月18日に筑豊本線に颯爽と登場。桂川〜門司港往復の特別ツアー列車で桂川を午後5時42分に出発し飯塚、新飯塚、小竹、直方、中間の停車し門司港ホテルでディナーを楽しんで復路に付くという物です。なお終点は篠栗駅となり何と車内ではワイン飲み放題との事。

いまやJR特急では唯一のビュッフェ編成列車となってしまいました。実はこの車両は直方運輸センターの所属で、普段は博多運転区に常駐しています。

7〜8年程前に最終列車で帰宅する際に、何故か篠栗線篠栗駅で側線に停まっているゆふいんの森にお目にかかった事があります。

隣駅なのに、時間的に暗いのもあり今回も撮影に行かなかった。

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撮影=2000年10月10日、博多駅。


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2007年10月15日 (月)

高千穂線に繋がる筈、高森随道の幻のバラスト。

高森トンネルは、高森〜高千穂間(23.2Km)を結ぶ鉄道新線建設延長工事として、昭和48年12月1日に着工しましたが、出水事故が発生し高森町の水源に大きな影響をもたらし中断していましたが、国有鉄道再建法の設定により高森線は三セク化され高森トンネルの工事計画は途中(2.05Km)で中止となりました。
そのトンネルは皮肉にも現在は高森町の水源地として活用されています。
画像右側の石は、その高森トンネルで使用された線路の下に敷かれていたバラストです。因に左側の下は東海道本線芦屋〜甲南山手間の物で、上にのっている小石は我家の裏庭にまかれている小石の中に有った物です、柄が面白いので登場させました。

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2007年10月14日 (日)

増殖中の博多駅と、リレーつばめ。

増殖中の博多駅に到着した、特急リレーつばめ10号(最後尾のクモロ787 6)。
博多駅は日に日に情景を変化させながら未来に向かって進化中、不粋な姿も2011年の春まで姑くの辛抱です。
新博多駅ビルは地上10階、地下3階建て(工事の進ちょく率約13%、延べ床面積20万平方メートル)で阪急百貨店が核店鋪となり、楽しみの東急ハンズの出店も決っています。
青空天井の在来線もそろそろ宿別の様相をていして来ました。九州新幹線鹿児島ルート(新八代〜博多間)での進ちょく率も50%を越えた様で、いよいよと言う感じですね。

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撮影=10月12日


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2007年9月 9日 (日)

高千穂線、延岡〜槙峰間の廃線決定。

かねてより台風の影響で橋梁が流され、存続が危ぶまれていた高千穂鉄道の延岡〜槙峰間が、残念ながら9月6日付けで廃線となってしまいました。
残る高千穂までの区間は休止期間を12月26日まで延長し「神話高千穂トロッコ鉄道」が運行再開を目指していますが、期日迄に国から事業認可を得られないと神話の里も全線廃線となってしまいます。
宮崎観光の活性のためにも「どげんかせんといかんです。」東国原知事さま。

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撮影=昭和48年3月、高千穂駅、延岡駅。

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2007年9月 7日 (金)

筑前大分駅の保留線にプラッサ08-16Uが駐留。

本日、久しぶりに筑前大分駅の博多側の保留線に総合軌道検測車マルチプルタイタンパー(マルタイ)プラッサ08-16Uが休んでいるのを見かけました。
マルタイはレールの歪みや道床のバラストをタイピング機で枕木の下に突き固めレールを安定する保線用車両です。昔は保線区の人達がビーバーの尻尾のような振動機を使い手作業で不良箇所を修正していましたが、それから考えると作業も随分と楽になったものです。
そんな頑張るマルタイも、見る度にご覧の様に車体の塗装も剥げ落ち、錆も酷くなる一方です。

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撮影時間=午後5時10分


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2007年8月26日 (日)

折尾のかしわめしに、C6218のつばめを見た。

久しぶりに、大好物の折尾のかしわめしを頂いた。いつものとおりの食仕方(茜堂HP駅弁物語、参照)で美味しく頂戴しましたが、普段は別段気にも止めなかった物に目が釘付けになりました。
箸休めの傍役、緑のバレンです。何となく可愛くデフォルメされたつばめマークに似ています。C6218号機が名古屋機関区時代の短期間にのみデフに装着されていた下がりつばめに、どことなくイメージがダブってしまいました。
大層なタイトルと本文内容とに大変なギャップが生じましたがお許し下さい。(笑

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2007年8月25日 (土)

旧上山田線に人知れず残る踏切の線路。

上山田線が廃線(昭和63年8月31日最終)になって19年が過ぎようとしていますが、今でも一部区間で当時の線路が残されています。有名なのは旧熊ケ畑駅付近の旧上山田駅寄りの築堤付近で、嘉麻市商工観光課の秋のイベントの目玉でも有るトロッコ列車(前日記載のトロッコフェスタ)に活用されています。
それとは別に、飯塚寄りの山間部にも一部取り残された所が有ります。旧大隈駅〜旧下山田駅の山間部(旧嘉穂信号所)に有る小さな山道に掛かる踏切跡に、その線路と敷石が何とも言えぬ哀愁を漂わし、ひっそりと横たわっています。

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近付いて見ると敷石も健在です。


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2007年8月24日 (金)

嘉麻市のトロッコフェスタ

嘉麻市は2006年3月27日に、上山田線の有った山田市と嘉穂郡の稲築町、碓井町、嘉穂町が合併してできた市で、今年の3月2日にあの井出らっきょさんが選手会長を務める、嘉麻市バーニングヒーローズが結成され、少しメディアを騒がせましたが、やはり鉄チャンとしては、旧山田市のトロッコフェスタです。私は第一回から遊びに行っていましたが、もう5年程忙しくてご無沙汰です。
編成は、下り方向に黄色の動力車1両+客車3両+軌道自転車(昔、保線区の方が二人で漕いでいたあの自転車です)1両の豪華前後連。何と一編成で20名程が乗車でき、秋の風を肌で楽しめる楽しい列車です。
非常に完成度の高い(鉄チャン向けと言う事を前提として)鍋トロ風の客車は、嘉穂工業高校の生徒達の作品。今年も例年どおり10月に運転するそうですので、近付きましたら嘉麻市のHPのイベント情報をクリックして下さい。

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小雨に煙るトロッコ列車。


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2007年8月23日 (木)

頑張れ、平成筑豊鉄道。

ご存じ筑豊の第三セクター平成筑豊鉄道(旧JR伊田線、糸田線、田川線)は、先の「枕木オーナー」制度に引き続き、今回「つり革オーナー」制度を年内実施をメドに検討中。また訴求活動としては周辺住民への鉄道利用のビラを配付したりして、生き残りを掛け全社体制で頑張っています。
平成16年3月25日を最後に三井鉱山セメント田川工場専用鉄道(金見鉄道)の廃止に伴い、金田駅よりの貨物部門の消失金額は年間5400万円の減収となり、今期決算ではその内部保留も底を付きそうな危うい状況です。更にマイカー利用や少子化などで更なる減少を余儀無くされています。
地元の足を守る為、最低限マイカーからマイトレインに切り替えて頂ければ、ある程度この窮地を脱する事が出来るのでは無いかと思うのだが、過去におけるローカル線の廃止問題が抱えるジレンマが、やはりここにも存在する様です。ともあれ数々の面白い企画を打ち出していますので、微力乍らの利用運賃と盛大なエールをおくりたいと思います。

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2007年8月22日 (水)

湯布院滞在中の変型ドームD511032号機。

大分県湯布院町の川南中央児童公園に保存されてるD511032号機は、昭和19年9月29日に落成の三菱重工製の機関車で、門司、南延岡と渡り日豊本線の電化時まで活躍したSLです。
この機の特徴は戦時設計で、特に蒲鉾ドームの前方部のみ空気抵抗緩和なのか角面取りの変型ドーム。
現役時代には数度お会いした事が有りましたが、久しぶりにお会いしたら、野ざらしで余りにも酷いお姿。機関助手になった気持ちでキャブからシュート。しかし窓には転落防止の鉄格子がまた無惨。

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因みに私が良く訪れる沖縄では、宜野湾の0系に次いで、今帰仁のC5787も後ろに有ったナシ20 6(図書室改良)解体の数年後に塩害で解体撤去。与儀公園のD51222はいたって良好なのは少なくても保存場所が内陸部で有ったからでしょう。今思うと何故、海岸近くにそれぞれ保存したのかが悔やまれます。
近い内に、今は無き無念の沖縄保存機、新幹線0系、C5787、ナシ20 6をご紹介します。


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2007年8月20日 (月)

英彦山花公園電車(スローブカー)が二両編成に。

今年の4月28日から従来の一両編成から国内最大級の新型連結車両(二両編成)が導入されました。二両編成のスローブカーは定員が80名で、ゆったりとした車内から四季折々の自然が満喫でき、大きな車窓を透して眼下に広がるパノラマも堪能出来ます。英彦山神宮参拝に、また一つ楽しみが増えました。
車両は花号、幸号、神号(二両編成)の三台で運行されていて、表山道の石段沿いに幸駅、花駅(乗換駅)、花園駅(下車専用駅)、神駅(英彦山神宮奉幣殿最寄駅)の四駅からなり、全長849mを約15分で結んでいます。
一車両は、三相三線式の交流200Vのインバーターモーター15KWを4台装備し、ラックアンドピニオン式で自走、構造種別は鉄道では無くエレベーター扱いとなります。
車両製造は地元の嘉穂製作所(茜堂のHPの廃線散策の画像9の大分炭山跡に有ります)。

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平成19年6月1日撮影。


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2007年8月15日 (水)

山奥で農家のオバサンがショットガンを。

遠い昔のお話ですが、アメリカの南西部ブラットフォード手前の山奥で、線路がカーブして上って来るのが見える丘陵地に陣取って目的の列車を待っていると、何やら柵向こうの畦路に、灰色の古〜いフォードの小型トラックがソロリと停車。

「ヘ〜イ」の声の方向に振り向くと、なんと、割腹の良い野良着姿のオバサンが仁王立ち。有ろう事かショットガンを小脇に抱えているではないですか、さすが銃社会のアメリカ、こんなオバサンまでが。アメリカ映画みたい等と少し感激したのですが、先方さんはいたくご立腹の様子で、銃口はこちらには向いていなかったのですが、取りあえずカメラを下に置き、ホールドアップです。
純朴な私に安心したのか、先方の表情が少しにこやかに見えたようなので、ここぞとばかりにジェスチャーと片言の英語でコミュニケーション。

どうやら立てた三脚を見て土地の測量と間違えたようで(少し離れた山中でショベルカーが山を削っていたので、何か関係が有ったのかも知れません。)、日本の鉄道写真を数枚見せ列車の写真をここで撮っている事を告げると、とたんに感激モードに早変わり。わざわざ日本から写真を撮りに来てるなんて…………、と思ったかどうかは分かりませんが。

でも私の居る所は柵の中なのか柵の外なのか、線路から上がって来た時は柵を通過した覚えは無いのですが、でもオバサンはマレー機が通過するまで横で監視していましたので、きっと私は不法侵入者だったのでしょう、すみません。
ショットガンのオバサンはこの後、山中のロッジ風のホテルにわざわざ夫婦で訪ねて来てくれました。カリフォルニアワインを手にして。今でもその時のコルクは大切に持っています。

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2007年8月14日 (火)

朝日が綺麗な田舎の朝。

20080814正面遠くに見える鳴尾峠の右奥には香春岳が、まだ薄ぼけてハッキリと目覚めていない。鳴尾峠を迂回するように向こう側を平成筑豊電鉄伊田線、糸田線(旧JR伊田線、糸田線)が、南側をJR後藤寺線とJR日田彦山線、手前にはJR筑豊本線が走っています。
現在、鳴尾峠の道路トンネルが貫通したので、内部整備が整うと田川〜博多間のバイパス道路も全線開通し市内の渋滞が随分緩和される事となります。
画面には写っていませんが、右側には1000メートル級の山々が連なり、霊峰英彦山が見えます。(後日写真掲載予定)

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2007年8月11日 (土)

三郡山系にダイヤモンドクロスが。

大きな峠を二つも抱える三郡山系の上空に表れた不思議な雲の姿。鉄道用語ではこの様な状態の線路をダイヤモンドクロス(線路の平面クロス)と言います。昔、阪急の西ノ宮北口駅に大規模なダイヤモンドクロスが有りました。
西ノ宮北口駅のそれは交差角度が直角でしたが、上空に表れたダイヤモンドクロスはやや斜(真下から見ると直角かも)になっています。数的には西ノ宮北口駅にも匹敵する大規模な物です。
因に真ん中の小山は三郡山系の遥か手前に有り、筑前大分八幡宮の嶽宮と大神宮が祀られ、この左下に境内が広がり美しい社殿が建立されています。

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撮影時間=午後6時10分


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2007年8月10日 (金)

沖縄の鉄軌道、メーターゲージ。

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実はこれは西原町の工場で造られたPCレールの仕上げをする沖縄モノレールPC軌道桁製作場専用線で、4線も有り警戒色の可愛いDLが稼動していました。

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解体前の専用軌道、平成14年5月18日撮影。
場所は那覇空港の南側で豊見城警察署を越えて右に曲った近くに有るシーサイドゴルフ場の横に有りました。

当時は毎月4回程、福岡〜那覇間の機内の眠り人(離陸前に爆睡し着陸の振動が目覚まし換わり)でした。ある日、那覇着陸前に珍しく眼が覚め何気なく覗いた眼下に一瞬線路が、そんな馬鹿な寝ぼけてるのかと思い、その日の内に探索に出かけ見事発見。それから半年後の写真です。


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2007年8月 9日 (木)

九州の赤線入り入場券の赤線はなぜ薄いのか。

九州地方の赤線入場券は、私やお仲間さんの収集した品を見る限り、他の地域の赤線入場券と比べて、平均的に赤線の色が非常に薄いのが気に掛かります。別に門司印刷場がインキの濃度をケチっていたという事では有りません。現在九州に住んでいる私が想像するに、当時駅舎には冷房が完備されていなかったので、高温多湿による印刷面の褪色が進んだ事が一因だと思います。
また日照時間の関係で太陽が燦々と降り注ぐ南の地の宿命で紫外線が非常に多いという事が、切符にとって致命的な結果をもたらしているようです。
中にはしっかりと褪色せずに頑張っている赤線も有るのですが、希(まれ)の一言に尽きます。私的には九州の赤線入場券については、歴史感よりも美券の方を希少券として集めたいくらいです。(笑)

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2007年8月 8日 (水)

前日の落雷時には強風雨の為、JR筑豊本線もストップ。

昨日の落雷の回数は、将来これを上回る事は無いぞという位の凄まじさでしたが、飯塚駅と新飯塚駅の間の遠賀川に掛かる鉄橋付近では同日、午後4時から5時の間に局地的な激しい風雨に見舞われ、午後4時15分頃から約30分の間、同区間では運転を見合わせた様です。
これに伴い折尾行き普通列車(2644Hレ)等2本が運休し、後続の普通列車3本にも最大27分の遅延が出た様です。ちょうど写真を撮った頃ですが、こちらでは雨はお湿り程度で無風状態。この地の天候はいつも局地的で200メートル先は大雨でも、こちらは道路も濡れていないなんてのは良く有る話しです。

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2007年8月 7日 (火)

落雷シーンを激写。

この小山の手前を篠栗線が走り、右側を少し行った辺りが筑豊本線とのジャンクション桂川駅です。この小山は久保白ダムを構成し周囲は平地で、車だと大回りしても10分程で周回できる小さな山郡です。
市内から戻って来る途中で突然、空が暗くなり大粒の雨がポツリポツリと、周りを囲む三つの峠(八木山峠、ショウケ越、米山峠)は晴れ渡って緑鮮やに輝いているのに、異様なシーン。
家に着くなり轟く様な雷鳴、すぐさま上の部屋へ駆け上がりカメラを起動。鉄道写真で慣らしたシャッターチャンスの勘所で見事にヒット。

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撮影時間=午後4時16分


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2007年8月 6日 (月)

第86回飯塚市納涼花火大会でJR大忙し。

台風5号の接近に伴い2日の花火大会が順延され無事にと言うか、始まる前には一時的に凄まじい雷雨に襲われましたが、それにもめげず「第86回飯塚市納涼花火大会」は盛大に(30分程端折られたそうですが)行われました。毎日、息子様の塾への送り迎えなのですが本日は塾も5時迄(花火の音が響くのでお勉強どころでは無いのでしょうが、実は先生方も花火が大好きな様です。)で、車のキーを置いた後、パパは趣味のお部屋で花火を聞き乍ら、取って置きの泡盛で晩酌を楽しみました。
打上花火が6000発(7000発との情報も有るが)、仕掛花火が9台で毎年10万人程が訪れる筑豊の大イベントです。勿論、市内は交通規制が引かれ車で中央には入れませんので当然JRと西鉄バスが大活躍です。新飯塚駅と飯塚駅では臨戦体制を取り臨時列車が増発された様です。

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2007年8月 5日 (日)

鉄道模型のHOゲージ論的文字コード。

昨日、私のWEBのお師匠様から本家茜堂のHPのSEO対策で詰めが甘いしソースの体裁が悪いとの厳しいご指摘を受け、生意気にも「茜堂」ではググッても一番を張っているのにとは思ったのですが、他のキーワードが甘いのと、ソースの体裁が悪いので重い腰を上げロボット対策にメタタグを掘込んでみました。
リンクバーにaltの属性を付ける事(ついでにサイト地図にお遊びでアラートを設置)とkeywordsとdescriptionの三本立、プラスおまじないに"robots" content="index,follow"(最近のロボット君はスルー)等々。
そして作業中に気が付いたのが直下にあった文字コードのx-sjisの表記。私の覚え帳には汚い文字でshift_jisて書いてますが、調べて見ると別段どちらでも良いようで、グローバルスタンダードはshift_jisの方で、x-sjisはデファクトスタンダードの様でした。(我が模型と同じで仲良く混在)
鉄道模型のHOゲージ論に良く似た規格のお話で、どこの世界にも有るもんだなと妙に感心する次第です。

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2007年8月 4日 (土)

日付けを跨ぐ深夜列車。

書込み時はいつも深夜0時を越えた辺り。まだ寝ていないので前日が当日に覚えてならない、私的にはまだ前日なんですが日付け的にもう次の日である。
日付けを跨ぐ深夜列車の場合の有効日の扱いは、有効日当日の0時を過ぎて最初に止まる駅迄となっています。列車の場合は特例で日付けを越えても前日扱いなのですが、ここでは書込んだ日付記録(翌日)が残るので、お話にタイムラグが生じる。
時間記録も残れば、ある程度分ってもらえるとは思うのだが、困ったもんだとどうでも良い事を考えるが、当日物は深夜0時迄にアップすれば良い事に気が付くのにそれ程時間は掛からなかった。(ブログ初心者の呟き)

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2007年8月 3日 (金)

台風5号の影響でJR篠栗線は運休。

台風5号の接近に伴い、筑前山手駅前後の山間部にある吹きっ晒しの鉄橋や高架橋通過が危険な為、昨日の午後6時頃から沿線の篠栗線は終日全面運休となりました。博多発最終の救済列車は午後9時6分発で最寄の筑前大分駅には9時38分着。
我家の娘は雨風が強くなる前に博多より無事帰還。我家の犬二匹の散歩係りで有る私(パパ)は夕刻に台風の中、いつものとおり40分程掛けて散歩(苦行)。犬小屋は物置きに避難し、お犬様(陽=よう/雄・空=そら/雄)は玄関で寝ています。お猫様(星=せい/雄)は夜遊びに行きたがっていましたが、ドアを開けた途端にお尻からエビの様に戻って来ます。何回かトライした様ですが諦めたのか大人しく阿波踊りを踊っています。

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2007年8月 2日 (木)

博多駅の篠栗線が大移動。

新幹線ホーム増設工事の為、6月10日に篠栗線専用9番ホームが閉鎖され、篠栗線は8番ホームへと移動しました。8番ホームの線路は駅の中央付近で寸断され鹿児島本線として9番ホーム共々、南へ伸びていた線路と架線は跡形も無く消えています。見なれた所に線路が無いというのは、廃線の様な寂しさに近いものが有ります。
掲載の写真(平成19年7月5日撮影、現9番線で旧10番線の8番ホーム)は、当初設置された第3種車止めの上にコンクリート製の第4種車止めを増設しています。このカットには写っていませんが、架線にはデッドポイントを表わす無気味な稲妻マークが表示されています。

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2007年8月 1日 (水)

臨時列車みたいな不定期運行の怠慢ブログ。

訪れた方をがっかりさせない為にも、前もってお知らせをさせて頂きます。私のブログは殆ど臨時列車のような物で、運行は不定期で怠慢的で良く言えばいい加減です。また、大それた願望ですが月に1〜2本の運行を目指していますが、まあ〜季節列車よりは少しはましかなと言う程度で、内容的にも人の為になる様な物は殆ど無いのではと、絶大なる自信を持っています。

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2007年7月31日 (火)

茜堂HPトップページの表題下の英文字はなんて書いてあるのか。

茜堂のホームページの表紙に有る小さな英文は、プラウザによっては見にくいかも知れませんが、次のように書かれています。「何処へ行くのだろうか、この二本の線路は。少年の頃の憧れと希望を乗せて、見知らぬ世界へと誘ってくれる魔法の線路。懐かしい旅の思い出を込めて、ここへ印します。」う〜ん、何となく純粋であった少年の頃の気持ちを込めて書いてしまいました。秘密にしていますが実は今でも結構純粋なオジさんです。
因に、リンクバーにマウスを当てると英文字が変わりますが、こちらは「次の駅に向かって、出発進行!!」となっています。

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